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この国の「歴史」には、ご用心



 わたし達は地域での小水力発電導入のプロセスにおいて、最後に残った地域の公共物である「水」をつうじて、地域の人々が「地域や歴史に対して意識的であること」から、人々を主体の形成の入り口へと導くような手法を用いている。「地域や歴史に対して意識的であること」から始まることによって地域の自然の豊かさや先人の遺業を再認識することが、「地域の未来に対して意識的になること」という主体形成の萌芽を促すことを期待できるからである。

 今回のテーマは警告である。もしこの主体を形成する契機となる「歴史」を間違って用いた場合には、「間違った未来」をまねく結果となり、その結果はさらに歴史として「過去の過ち」として先祖へと遺されていく……。そう、どうやらこの国は過ちを繰り返しているようだから、またやらかしそう……だと、勝手ながら心配をしているのである。


 まず自分勝手なことを書かないように、「『日本書紀』の呪縛」(著:吉田一彦)という本からの引用を書く。


『日本書紀』は天皇の命令によって編纂された国家の歴史書である。『日本書紀』が編纂された七世紀~八世紀初めは、日本で天皇制度が開始された時代で、この書物は天皇制度の成立と歩調を合わせるようにして作成された。それは、天皇の歴史を記す書物であり、それによって日本の天皇の政治思想を明らかにしようとする書物であった。


 はい、『日本書紀』に書かれていたのは、われわれ地域・国民の歴史ではありません。


❝ 近代になると、明治政府の「尊王」「王政復古」の思想や、「国体」をめぐる論議の中で、『日本書紀』はさらに重視されていった。この書物の中身が学校で教えられ、子どもたちはその要点を暗記という形で頭の中に刻んでいった。

 天皇を政治の世界の中央に復活させ、また国際社会の荒海に飛び出していった近代日本にとっては、『日本書紀』は他に代えることができない重症書物であり、国家の理念を支える聖典として重んじられた。


 その結果、大日本帝国は東アジア各国を侵略し第二次世界大戦敗戦へ。その端緒となる朝鮮半島への侵略時において「神功皇后の三韓征伐」という、『日本書紀』にそれっぽいことが書かれていたことが大義とされたことを忘れてはいけません。これはプーチンがウクライナを「かつて大ロシアの領土だった」という理由で侵略したのと同様な錯乱です。


 戦後も、欽明天皇の時代の仏教伝来や、推古天皇の活躍あたりからあとの時代については『日本書紀』の中身が教えられ、それが今日にいたるまで続いている。GHQと日本政府の間で歴史教育をめぐってどのような議論と交渉がなされたのかは不明の部分が多いが結果として『日本書紀』は全部は棄てられず、後ろのほうの部分が命脈を保つ形で戦後の歴史教育のあり方が決着した。

 『日本書紀』は勝者が自己の正統性を唱えて定めた書物であって、公平とか客観的という地平からはほど遠い。むしろ、この書物を作成することによって自らの支配を確立強化しようという意図をもっていた。


 ということは「地域の自立」を目指して、歴史を意識化する段階において『日本書紀』とそれをもとに書かれた歴史書を誤って用いた場合には、思いもよらない「支配への従属」という自立とはまったく逆方向へと、地域での活動が展開する危険があるのである。


 では次回は、なぜ?「『日本書紀』は全部は棄てられず、後ろのほうの部分が命脈を保つ形」となっている現在においてこの「後ろのほうの部分」がいまだに危険なのかを、七世紀~八世紀初めの日本列島周辺国に残る歴史書から読んでみたいと思う。

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